篠笛草子 〜 ほのかに聞こゆるもいとをかし 〜

日本に古くから伝わる竹の横笛「篠笛(しのぶえ)」の随筆。篠笛奏者で篠笛文化研究社代表の森田玲が綴ります。
Essey about "Shinobue" transverse bamboo flute in Japan,by Shinobue player Akira Morita.

(株)篠笛文化研究社が運営するブログです。

今年の夏の暑さも中々ヘヴィでした。

うちは、ここ数年「エアコンなし!生活」で夏を乗り切っております。特に「自然派!?」というわけではございませんが、エアコンで何度も体調を崩した経験から、過酷ではありますが、結果的にはエアコンなしの方が元気に動ける「実働日数」が増えています。

なお、笛のお稽古場は冷房完備ですので、ご安心を!

京都の悲惨な夏は、外国人の方にもよく知られているようで・・

「京都ノ夏ハ暑いデス・盆地ダカラ」

という自分突っ込みの定型句をよく聞きます。
日本語を勉強するときによく出てくるのでしょうか?
以下、英語で今年の夏の「Wファン作戦」について!

I live in Kyoto city.
In Japan Kyoto city is famous for the terrible heat and humidity in summer, which is caused by this geography, the basin.
I used to turn on the air conditioner, but I realized it was bad for my health one day (and also for my wallet).
I recommend you to choose a fan.
In order to confront the difficult situation, the summer in Kyoto, I bought two fans.
I put one fan near the window to take fresh air into the room and the other near me.
This double fan system circulates the heavy air smoothly.
Don't get the air directly,because you will get cold.

さて、秋の篠笛の演奏の予定をアップする前に、夏の演奏会のご報告を幾つか。

19984100_1392905757468498_4184606888712075483_o
7月14日、祇園祭の宵山。毎年恒例の岩戸山での公演。観世流能楽師の林宗一郎さんとともに6、7年前ほどから作り上げてきた神賑の舞台です。私、森田玲と森田香織の篠笛、植木陽史さんの太鼓による囃子が入ります。
19983852_1392905760801831_8056180934189296517_o

岩戸山の御祭神人形であるアマテラスオオミカミスサノオノミコトに因んで、日本神話の名場面「天岩戸開き」を再現!
20106514_869560619862800_1973245596555511023_n
20121140_1391870250905382_940922185446184884_o
祭の神賑、それも岩戸山を背景とした埒(らち)内が舞台という貴重な機会で、我々演者も毎年この日を楽しみにしております。

今年は、もう一柱の御祭神人形であるイザナキノミコトに因んで「国生み」の場面を初演いたしました。

日頃の私の舞台では、篠笛や、篠笛と太鼓のみでの表現となる「カミあそび」「産土神(うぶすな)」といった音曲に舞と歌が入って、曲そのものに魂が宿って、瑞々しく美しい笛の音色が溢れ出ます。

来年も7月14日が式日となるかと思います。皆さま是非!

もう一つは「京の七夕」。祭をはじめ、多くの日本の伝統行事は、明治の改暦(旧暦→新暦)の際に、その季節感を合わせるために、一ヶ月、日取りを遅らせる「月送り」を採用しました。それに拠ると七月七日の七夕は八月七日となりますが、七・七というゾロ目が大切でしたから、そのまま新暦の七月七日を採用した地域が多くみられます(三月三日の桃の節句、五月五日の端午の節句など)。

七月十五日のお盆は「月送り」が一般的ですから、八月十五日となり、元々は連続して行なわれていた、七夕とお盆の行事は分離することになりました。

京都では新暦七月は祇園祭で賑わいますので、近年、この八月の七夕に注目して、様々な行事が行なわれています(京の七夕)。

玲月流では、香織先生と生徒さんの有志で、鴨川納涼の舞台に参加!この日は浴衣で演奏しました。
三条大橋から四条大橋の間の川沿いには、各都道府県の物産ブースが連なり、とても賑わっています。
20626738_1413639975395076_4457708794708089596_o
この日は、私、森田はカメラ係。

そして・・・桜の初舞台でした!(座っているだけですが)。かなり不機嫌そうに見えますが、彼女なりの真剣な表情のようです。

暑い夏も終わりを告げます。

秋は篠笛の音がよく透き通る笛の季節です。

秋が楽しみです。

「篠笛をはじめるにあたって、五線譜が読めないのですが大丈夫でしょうか?」

このような質問をよく受けます。

「大丈夫です。私、森田もまったく読めません」

指の押さえ方を数字で表記する「数字譜」を使えば、誰でも簡単に音を表現することができます。また、一曲の中で使う指使い(運指)は3〜5つ程度なので、耳で覚えることも難しくありません。

多くの皆さんはカラオケで歌った経験があるかと思います。友達とよく歌いに行くという方もいるでしょう。お父さん方だと二次会のスナックでしょうか?

今は滅多に歌いませんが、私も若い頃は、師匠に連れられて「越冬つばめ」や「天城越え」を歌わされました^_^。

2、3歳の子供は見よう見まねで歌を歌います。

もうすぐ四歳になる娘の桜は、能の謡と仕舞を習っています。今は「老松」を練習中で、<齢をさずくる〜こ〜の〜君〜の〜>に始まる長い歌をそらんじています。私が作曲した「篠楽(ささら)」の口唱歌<トーチヒャリローヒャリツヒャールヒャリヒャリトート」も勝手に真似をして歌いますし、伊勢大神楽を何度も見に行く中で「伊勢音頭」の<ヤートーコーセーエ>の囃子詞も思い出したように歌い出します。
15110967_1169381903154219_6429275610082161748_o
伊勢音頭(道中歌)を歌っていたら…いそいそと桜がよじ登って参りました^_^ 。伊勢大神楽では終局の演目・魁曲(らんぎょく)で伊勢音頭を唱和します。台師の気持ちが少しわかったようなわからんような…思わず右手を上げてしまいマシタ^_^ 。

↓下の写真が伊勢大神楽のオリジナル(いつもお世話になっている山本勘太夫組)。
IMGP3080
三歳にして、なかなか渋い嗜好ですが、そうかと思えば、日本中でヒットした?星野源さんの「恋ダンス」を歌って踊ったり、保育園で定番の「とんぼのめがね」を披露してくれたりもします。

大人でも子供でも「歌いたい曲」があれば、積極的にそれを「真似」することによって歌えるようになります。そして、そこでは五線譜は意識されません。

明治以来の音楽教育の影響で、「音楽」=「ドレミ・五線譜」と連想してしまいがちですが、このように「五線譜なしの音楽」を我々は普通に実践しています。それは人間に自然と備わっている能力です。


「耳コピ」・・・これが、最も再現性が高く簡単な方法です。

「楽器を始める」となると、少し構えてしまって、何か特別な能力が必用なのでは?というところから「五線譜」が必須と考えてしまうのかもしれません。しかしながら、そもそも日本の楽器を演奏する時に、西洋の五線譜・ドレミを媒介する必要があるのか?という美意識の問題があります。そして、和楽器の習得に際して五線譜を用いることは、日本語を話すときにローマ字で書かれた原稿を読むようなものですから、当然それによる弊害、副作用も生じます。


篠笛を習得する上での五線譜によるマイナス面をざっと列挙すると以下の通りです。

(ア)五線譜は横書きなので呼吸が乱れる

(イ)実際の篠笛の音だけでなく「ドレミ」の声が頭の中で同時に聞こえる
   →篠笛の純粋な音を楽しめない

まず(ア)についてですが、目線の動きは呼吸や意識の方向と連動していますので、譜面を用いる場合には、それが縦書きであることが、想像以上に大切です。古くから日本音楽の譜面は文字と同じく縦書きが一般的です。西洋音楽伝来以前の音楽を楽しむ訳ですから、ここは素直に縦書きの譜面を用いましょう。

次に(イ)について記してみます。

この、実際の音が「ドレミ」に聞こえる症状はやっかいで、小さい頃にピアノをたしなんだことが原因で、日本の曲であれ何であれ、曲が流れると「ドレミ」に変換してまって、曲本来の魅力を味わえないという実体験を何人もから聞きました。

これは本当に恐ろしい副作用だと思います(それゆえ、私は義務教育における音楽教育の在り方の再考が必用だと考えます)。
17390572_1285397454885996_7100007752078898490_o
明治14年文部省発行『小学唱歌集』(篠笛文化研究社 所蔵)。ドレミ教育の事始めデス。ちなみに、当時はドレミとは呼ばず「1234567」の算用数字をあてて「ヒフミヨイムナ」と大和読みで訓じていました。

このように、歌や音は真似をすることが容易であること、そして、篠笛の習得において五線譜にはマイナス面が多いことから、五線譜を用いることはお勧めしておりません。

とはいえ、運指に名前が付いていないと「他者との意思疎通」や「音の確認」ができません。
そこで玲月流では、明治以来の篠笛の教本で一般に用いられている「数字譜」を使用します。

その方法は単純で、指孔の押さえ方に対応した番号を振ります。何の「音楽教育」を受けていない小学校1年生でも理解できる簡単な方法で、例えば以下のようになります。


五線譜01
森田玲『日本の音 篠笛事始め』篠笛文化研究社より

「桜」の「さくら〜さくら〜」は「223〜223〜」と表記します。

お稽古では、運指(指使い)を伝える時に、このように数字で呼ぶと便利です。

日本の曲は、一曲の中で使う運指は3つ〜5つ程度ですので、慣れてしまえば指が迷うことはほとんどありません。また、同じ曲を何度も吹き込むことで、それぞれの音に指の形や息遣いが連動し、自然と身体が反応するようになります。そうなると、より音に集中することができるようになって、音色の工夫が楽しくなってきます。

先ほど、ドレミで覚えると、頭の中でドレミの声が流れて実際の音と二重に被るという話をいたしましたが、数字譜に頼りすぎると、同じように数字の声が頭の中で流れてしまいますので注意が必要です。

私も祭囃子や自作の曲などは、純粋な実音のみが聞こえますが、「桜」は、一番はじめに「数字」で覚えてしまったので、未だに「にぃにぃさーん」のように頭の中で声が聞こえてしまいます。


五線譜に慣れてしまっているという方もいらっしゃると思いますが、五線譜はあくまでも「共通語」的なものです。訛の強い(魅力的な)民族音楽を楽しむためには、その地域の「母国語」「方言」を採用するのが一番!

「簡単」と言いながら、少し小難しい話になってしまいましたm(_ _)m

篠笛の音曲の習得には「耳コピ」が一番のオススメです!

<追記1>
曲の旋律だけではなく、息遣いや曲調などを包括的に歌で表した「口唱歌(くちしょうが)」が、古くから日本の音曲の伝達方法として活用されています。玲月流でも幾つかの音曲で用いています。口唱歌については項を改めて解説いたします。

<追記2>
五線譜は、非常に洗練された表記法で、それによって成立するすばらしい音楽も沢山あります。また、様々な民族の音楽を比較する上で、あるいは、録音・録画による記録の補助としても五線譜は有効です。私も「伊勢大神楽」の論文を書く際に、紙上において篠笛の旋律を再現しなければならない場面に直面し、その時は五線譜を用いました。私は五線譜を記すことができなかったので、以下の手順で五線譜を作成しました。

1私が笛を吹く
2妻・香織が五線譜を作成しPCソフトに打ち込む
3私がPCで再生した音源を聞いて間違いがないことを確認
4五線譜のデータを作成

<参考>
森田玲「伊勢大神楽の神楽囃子研究」『民俗音楽研究』第36号(日本民俗音楽学会)
→ http://shinobue.blog.jp/ise-daikagura-morita-akira.pdf

篠笛を始める時、まず何本調子の篠笛から始めれば良いでしょうか?

よくある一般的な質問ですが、大袈裟に言えば、その後の「篠笛人生」を決定付ける大切な選択です。

玲月流の篠笛では、初心者の方には「七本調子」の篠笛をお勧めしています。そして「七本調子」に慣れてきたら「六本調子」の笛も使います。

調子02
その理由は以下の二点です。

・「高い音(甲音<かんのおと>)」と「呂音<りょのおと>」がバランス良く出る。

・会話する程度の息の量で、しっかりと音が響く。

・特に七本調子は、六本調子と比較して指孔の間隔が広くないので、初心者や子供、女性でも指が押さえやすい。


「六本」「七本」というのは、笛全体の音の高さを表す数字です。数字が大きくなるにつれて、笛が細く短くなって、その結果全体的な笛の音程が高くなります。

竹が>細い・短い→音程が高くなる。(番号が大きい)
竹が>太い・長い→音程が低くなる。(番号が小さい)

要は「小さい笛」と「大きい笛」があると考えてください。

日本の古典的な音律「日本十二律」は1オクターブを十二音に分けています。そこから、一から十二までの篠笛が慣例的に存在します。

調子

単純に音程の変化だけなら、指孔を押さえることができるのであれば、何本調子の笛から始めても良いように思えますが、実際には「音程」だけではなく「音色」「吹き心地」が、笛の調子によって大きく異なります。

先ほど「一本調子」から「十二本調子」までの篠笛が慣例的に存在すると述べました。

数字が小さくなると、笛の内径が大きくなり長くなるので「深い豊かな低音」を出すことができます。ただし「甲音(高い音)」は、雑音が混じりやすくなり透明感が薄れます。

一方、数字が大きくなると、笛の内径が小さくなり短くなるので「雑音のない高音」を出しやすくなります。ただし楽器本体が小さくなるため「呂音(低い音)」の深みがなくなり、その音量も小さくなります。

太鼓をイメージしてもらえばわかりやすいかもしれません(体積の大きな太鼓は、音量が大きく深い低音、体積の小さな太鼓は音量が小さく歯切れの良い高音)。 

このように、篠笛の調子を選ぶ時は「音程」だけではなく「音色」も考慮に入れます。

そして、「一本調子」から「十二本調子」のちょうど真ん中の「六本調子」「七本調子」の笛が、「甲音(高い音)」と「呂音(低い音)」がバランス良く響き、「深い豊かな低音」から「透明で遠音のさす高音」まで篠笛の魅力を余すことなく表現できる篠笛になります。

特に「六本調子」の笛は、太鼓と合わせる「祭囃子系」の音曲においても、太鼓の音量に負けない歯切れの良い大きな高音を出すことができますし、歌の旋律を表現する時にも、吹き手の感情をしっかりと反映させ、艶のある音色を出すことができます。

このような理由から、玲月流では、最終的には「六本調子」の笛で様々な音曲を奏でることを目指しますが、初心者の人にとっては、六本調子は、少し指孔の間隔が広く、また、深く安定した呼吸が必要ですので、一段階小さい「七本調子」で初めてもらうことにしています。

・初心者は七本調子の篠笛がオススメ
・後に表現力の高い六本調子の篠笛を習得

今回は、初心者の方にお勧めの調子の笛についてお話しました。地域の祭で規定の笛がある場合は、もちろんそれに従います。また、三味線や箏、歌に合わせる時は、他の調子の笛を用いることになります。

いずれにしても、自分で購入してしまう前に、ご質問などございましたら、お問い合わせください。

<追記>
篠笛には、同じ「○本調子」でも、その調律方法によって「古典調」「邦楽調(唄用)」の二種類の笛があります。また、「洋楽調(ドレミの笛)」も存在しますが、これらの分類については別の項目で説明したいと思います。




京都新聞(2017.08.21)に拙著『日本の音 篠笛事始め』に関するインタビュー記事をご掲載いただきましたm(_ _)m。

篠笛にご興味を持たれた方、すでに篠笛を吹かれている方も是非!

書籍 > 篠笛文化研究社 → https://taminouta.stores.jp/items/5938b3baf22a5b1e64006b40
   > アマゾン → https://www.amazon.co.jp/dp/4990373243/
08
----------------------------------------------------------------------------
篠笛本来の魅力を凝縮   (京都新聞 2017.08.21 朝刊)
京の演奏家が本出版 歴史たどり数字譜23曲を掲載
----------------------------------------------------------------------------
京都市を拠点に篠笛の演奏や製作販売、調査研究をしている森田玲<あきら>さん(41)=左京区=が篠笛の魅力や基本をまとめた本「篠笛事始め」を出版した。清らかな音を響かせるこつをはじめ、童歌や祭り囃子など23曲の楽譜を掲載。一般的に明治以降に始まったとされる篠笛という呼称が、江戸時代には使われていたことを文献などをたどって確認するなど歴史も詳述している。

篠笛は女<め>竹と呼ばれる細い竹に穴を開けた横笛。各地の祭り囃子で育まれ、地域や時代によって長さや穴の数など形状も異なる。

森田さんは京都大在学中の2001年ごろ、母の実家のある大阪府岸和田市でだんじり囃子の篠笛が昔ほど響いていないと気付いた。理由を調べたところ、吹きやすさを求めて篠笛の内径が昔より2割ほど細くなっていたことを知り、本来の笛を扱う楽器店を岸和田で開いた。8年前には京都で店を構え、笛の演奏教室も開いている。

今回の本は「西洋の12平均律、いわゆるドレミの音を目指す篠笛が近年増える中、日本の音律に基づいた古典的な篠笛の魅力を掘り下げて提示したい」と企画。篠笛の源流となる笛の歴史をたどりつつ、笛の穴を指で押さえる「指打ち」がしやすい本来の篠笛の特長などを解説している。

楽譜もドレミに基づく五線譜ではなく、指の押さえ方などを表した昔ながらの数字譜を採用。祇園祭の「粽<ちまき>売りの歌」や京の景色を詠み込んだ手まり歌「四方<よも>の景色」、伊勢大神楽<だいかぐら>や岸和田のだんじり囃子などの楽譜を盛り込んだ。

指の使い方や息遣いは写真やイラストで解説し、「五線譜を読めなくても大丈夫。日本の音曲を篠笛で吹きたいという気持ちがあれば習得できる」と話す。

2700円。篠笛文化研究社 075(708)2614

折に触れて自身の研究の羅針盤とさせて頂いている、秩父神社の宮司さまで京都大学名誉教授の薗田稔先生から、思いもかけず拙著『日本の祭と神賑』の書評を賜りました。とても丁寧に読み込んで頂いた上での書評であり、下記の書評をお読み頂ければ、拙著の内容と特徴を具体的に理解して頂けるかと存じますm(_ _)m

日本の祭と神賑fs


ーーーー<書評>ーーーー
PDF→こちら

森田玲著 『日本の祭と神賑(かみにぎわい)』(創元社)

薗田稔 (京都大学名誉教授・秩父神社宮司)

余談というわけではないが、旧臘十二月一日に日本の国指定重要無形文化財である三十三件の「山・鉾・屋台行事」が一括されて、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界無形文化遺産に登録されることになった。すでに登録済みの「日立風流物」と「京都祇園祭の山鉾行事」に加えて実に十八府県に亘る各地に伝承されている祭礼行事が、正式に世界の文化遺産に認証されたことになる。

一昨年三月に文化庁がユネスコ登録を申請した内容を見ると、「地域社会の安泰や災厄防除を願い、地域の人々が一体となり執り行う『山・鉾・屋台』の巡行を中心とした祭礼行事」となっており、その提案要旨には、「祭に迎える神霊の依り代であり、迎えた神をにぎやかし慰撫する造形物である」山・鉾・屋台は、「伝統的な工芸技術により何世紀にもわたり維持され、地域の自然環境を損なわない材料の利用等の工夫や努力」により持続可能な方法で永く継承され、またその巡行のほか「祭礼に当たり披露される芸能や口承に向けて、地域の人々は年間を通じて準備や練習に取り組んで」いるので、これらの祭礼行事は、「各地域において世代を超えた多くの人々の間の対話と交流を促進し、コミュニティを結びつける重要な役割を果たしている。」と謳われている(平成二十七年三月五日付け文化庁報道発表から)。
 
本書の書評を前にして直接関係のない時事的内容を紹介するのも、実は本書の内容が、正しくユネスコ登録が成った日本の祭礼行事の提案要旨を個別具体的に詳述している好著であることを、まずは指摘してみたかったからに他ならない。
 
まず本書の副題に「京都・摂河泉(せっかせん)の祭具から読み解く祈りのかたち」とあるように、現代日本の祭の基本構造を神事と神賑行事から成ると見極めた上で、その神賑行事に登場する神輿・提灯・太鼓台・地車・唐獅子などの祭具を、おもに京都と大阪(摂津・河内・和泉)の各地の祭礼行事の実態に即して取材した成果を詳細に比較検討する手法で、それぞれの起源と歴史的展開を辿りつつ多彩に展開する祭の本質とその魅力を平明に描き出すことに成功している。ともかく本書は、京・大阪の各地に生きる多彩な祭礼行事に取材しながら、それぞれの神賑わいに登場する祭具の象徴分析を通して共有される祭の本質に迫ろうとする着実な論述として読者を惹き付けるものがあろう。

本書の全体構成を紹介すると、まず「まえがき」に続く序章「図説・祭のかたちを読み解く」で豊富な絵図資料を掲載しながら、祭の基本構成と神輿や提灯など、本文各章でとりあげる内容を簡潔に紹介する。第一章「祭の構造」では、時代や地域を超えて共通する祭の基本概念を論じて、祭が「カミ迎え」「カミ祀り」「カミ送り」の三部から成り、また「神事」と「神賑行事」という二つの局面があることを指摘するが、これらは祭の先行研究からしても妥当である。第二章「神輿」では、カミの道行き、つまり一般に神幸祭に登場する神輿の発達史を述べて、特に現在の金飾りは神仏習合の産物だとの指摘は目新しいところ。第三章から第六章までは、「御迎え提灯」「太鼓台」「地車(だんじり)」「唐獅子」の順に、それぞれ豊富な図表と写真を用い多様で魅力的な祭具の世界を紹介しながら、それらが登場する各地の祭礼形態が地域の風土や歴史を反映して多彩だが、それでも互いにさまざまな共通点を見出すことができるとする立論は、着実な事例紹介にも説得力に富んで大いに評価できる。その一例を挙げれば、第三章の「御迎え提灯」では、祭に欠かせない提灯の源流はカミ迎えのための庭燎(にわび)だとの指摘は重要で、この点は、かつて日本民俗学の大成者、柳田國男が古典的名著『日本の祭』(一九四二刊)に、本来の祭では、宵宮に当たる夕べから朝までの間の一夜が大切な部分であって、庭に篝火を焚いて神を迎え、神をおもてなしする方式は、人が最上級の賓客を歓待するに類似だと喝破していることにも通じている。ただし惜しむらくは、なぜ提灯が「祭に欠かせないか」について著者は柳田のように、本来の祭にはカミ迎えに夜間こそが大事であったからこそという指摘に及んでいない点である。現代の祭が、とかく夜の霊性を見失っていることがその理由でもあろう。
 
さて続く第七章「祭のフィールドワーク」では、著者がこの十年に亘って精力的に採訪した近畿地方一帯の多数の事例を、春夏秋冬の四季に応じた祭礼の類型に即して、しかも著者独自の視点を活かし、豊富なカラー写真や図版を配置して簡潔明瞭に紹介していて、読者も楽しく読み進むことができる。とりわけ祭研究を自認しながら近畿地方の事例に昏い評者には、本書の序章に先立って挿入されている関係社寺の所在地図を参照しながらの貴重な学習であったことを感謝したい。
 
最終の第八章「祭は誰のものか」こそは、著者がここ十年来の祭を一途に探求するなかで最も本書で読者に訴えたかった「現在の祭が抱える課題」であり、その最たる事例に最近目立つ「祭の土日開催」を採り上げる。著者が彼の幼時から体験的に深く係わってきた岸和田だんじり祭が近年に「土日開催」となって、神事から神賑行事が引き離されたことに衝撃を受け、肝心のカミを忘れて単にヒトの賑わいばかりのイベントと堕してしまうことで、本来の祭が伝承する「人と自然との関わり、森・里・海の連環、カミとヒトとの関係」(あとがき)といった大切な役割を喪失してしまうのではないか、と当面の課題を提起している。
 
この指摘こそが、本書が日本の祭の本質を衝いた、単なる祭の概説書ではない証しである

『社叢学研究』第15号(社叢学会 2017.3)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『日本の祭と神賑~京都・摂河泉の祭具から読み解く祈りのかたち』

民の謡 https://taminouta.stores.jp/items/55bf32c23cd4823af20006b8

創元社 https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=1528

アマゾン https://www.amazon.co.jp/dp/4422230352

↑このページのトップヘ