篠笛草子 〜 ほのかに聞こゆるもいとをかし 〜

日本に古くから伝わる竹の横笛「篠笛(しのぶえ)」の随筆。篠笛奏者で篠笛文化研究社代表の森田玲が綴ります。
Essey about "Shinobue" transverse bamboo flute in Japan,by Shinobue player Akira Morita.

(株)篠笛文化研究社が運営するブログです。

今回は「譜面」の活用方法についてのお話です。

篠笛の譜面は明治以降、指孔の押さえ方を数字で示した「数字譜」が一般的で、拙著『日本の音 篠笛事始め』でも、音曲はすべて数字譜で表しています。

(篠笛の習得には旋律を歌で表した口唱歌が有効ですが、これについては機会を改めます)

数字譜は、小学生でもわかる直感的で便利な表記法ですが、練習の間、ずっと譜面を見つめていると、いつまでたっても本番で自信を持って吹くことができず、また、篠笛の音色や表現も向上しません。

今回は、譜面を見ながらのお稽古におけるマイナス点について述べたいと思います。もちろん、運指がわからなくなって、確認するための活用は大丈夫です。

以下、思いつくまま記してみます。
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(1)音色に対しておろそかになる。
試しに音楽CDをかけて部屋を真っ暗にしてみください。音が驚くほどクリアに聞こえるはずです。これは視覚からの情報がなくなり、その分、聴覚が敏感になるからです。玲月流では、視覚情報を減らすことによって、聴覚を敏感にするため、笛を吹く時は「半眼」です(目を完全に閉じてしまうと、目を閉じるという行為に意識が移り、また、重心が不安定になるので半眼とします)。「半眼」の状態で、かつ、どこにも焦点があっていない状態が理想です。見た目にも気になる「まばたき」も「半眼」であればほとんどなくなります。このようにして、極力視覚情報を減らしたいのですが、譜面を用いると、焦点が一点に集中することになり、また、読んで理解するための精神力を費やしてしまいます。譜面を見ながら吹いている時は、音に対する意識がおろそかになっています。

(2)目の前の模範よりも数字譜?
教室でのお稽古の時、前で模範演奏が行なわれているにもかかわらず、ずっと譜面を見つめている人がいます。手の角度や息遣い、指の動かし方などから、沢山のことを学ぶことができます。譜面はいつでも見ることができるので、模範演奏を見ることができる場合は、その観察に集中しましょう。手元に譜面があると、思わず手が伸びるという人は、譜面は鞄の中にしまっておくと良いでしょう。

(3)笛の角度が固定されてしまう。
笛を吹く時は、息の方向と目線の方向が一致することが理想です。そして、顎や笛の理想的な角度は、運指ごとに微妙に異なります。ところが、譜面を見ながらですと、目線の角度が固定され、結果的に笛と唇が必要以上に固定されてしまって、豊かな表現が叶いません。また、正座でのお稽古の場合、数字が読みにくいなどの理由で譜面が膝元にあることが多く、どうしても理想的な顎の角度よりも下を向いてしまいます。笛や顎の角度が固定されると、全体的に単調な表現となってしまいます。

(4)本番では譜面を見られない(見ない)
玲月流では、本番では譜面を用いないので、最終的には暗譜の状態でないといけません。立って吹く場合に譜面台を立てるにしても、座って吹く場合に床に譜面台を据えるにしても、お客さん、あるいは奉納の場合は神仏との間に隔たりができてしまいます。本番を見据えると練習時から譜面を用いない癖をつけておきたいと思います。

以上です。

文字を書くときでも、歌でも舞でも同じかと思いますが、最終的には手本を見ずに自由に振る舞った時に、伸び伸びとした表現が可能となります。好きな曲は、空で歌うことができるはずです。

運指は、指を押さえた状態だけではなく、前の運指からの指の動き、軌道、そして息遣いの変化から、身体が覚えていきます。頭の中で数字に変換してから指を押さえるという作業では、その身体の反応が培われません。譜面を離れてお稽古を重ねると、息遣いの変化や指運びの移り変わりが、次の音を知る手がかりとして働き出します。

まずは一行、譜面をみずに吹いてみましょう。何度かの失敗の後、意外と簡単に暗譜できることに気付くことかと思います。

秩父夜祭(秩父神社)参りました。 
12月1日
池袋から特急レッドアローで約1時間半。西武秩父駅に到着です。
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御旅所
秩父神社と神奈備・武甲山との軸線上に位置します。地域では「お花畑」と呼ばれており、その名称に依るのでしょう近くにJR「御花畑駅」があります。知らない人は「どこにお花畑が??」となるに違いありません。御旅所には「亀の子石」が据えられていました。秩父神社は江戸期は妙見宮と呼ばれていたようですので、妙見→北極星→北→玄武かもしれません。神輿が到着すると背にあけられたホゾに御幣が立てられるようです。秩父神社の姫神と武甲山の男神とが、この亀石で逢うことになるそうです。周囲は1000人規模の桟敷席の設営中デス!石前には南天が供えられていましたm(_ _)m。
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秩父まつり会館
右が屋台、左が笠鉾と呼ばれています。いわゆる「傘鉾」は全国的に分布し曳車系の神賑の練物よりも歴史は古く、その役割もより神事に近い気がします。この「傘鉾」は系統が二種類あるような気がします(検証はしていません)。一つは「お迎え提灯」、もう一つが、その傘下で芸能をする類の「傘舞台?」。秩父夜祭の傘鉾は、「お迎え提灯」が神賑化した大坂のダイガクや京都の十二燈、折口信夫がヒゲコ(放射状に広がる部分)について考えを巡らせるようになった粉河(和歌山)の車楽(ダンジリ)を連想させます。
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会館には先代の亀石と、室町時代(推定)の神輿が展示されていました。幕末までは祭に出たそうです。近年関東に多い屋根の縁に並ぶ花形(吹き返し)もなく〈←このタイプは鶴岡八幡宮がルーツで明治以降に江戸経由で周囲に伝播と思われます〉、本体も金銅製でなく木製の「原初的な形態の鳳輦型神輿」に感動!「年中行事絵巻」に描かれた平安時代後期の祇園御霊会のものと瓜二つ。祭の時には瓔珞など仏教的な荘厳具で飾り付けられたかもしれません。
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秩父神社
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あちこちで祭の準備中。一見、神幸祭の前列を行く一般的な真榊に見えますが、根元に巻かれた藁作りの蛇が重要みたいです。春に行われる模擬的な予祝神事「御田植祭」(田遊び)で水神として用いられるものらしく、この真榊を御旅所の亀石に奉ることによって、春に迎えたカミ様をカミ送りすることになるという解釈もあるようです。祭は文化のタイムカプセルですね。

12月2日
神楽殿
神楽の奉納。三十数座の演目があるようです。清らかな笛の音が鳴り響いています。写真は「天の岩戸開き」。
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笠鉾・屋台
屋台が動き出しました!超ド級の屋台は梃子で浮かせて凸型の部材を底に据え、それを軸に回転させて進行方向を変えるようです…「ギリまわし」!小太鼓と大太鼓の軽快な拍子が身体を鼓舞し、篠笛の音が心地良く響きわたります。
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歌舞伎踊り
要所では歌舞伎踊りが披露されます。屋根の下の空間は芸能のための舞台。そのため移動時の屋台囃子は舞台下の幕の中、外からは全く見えない場所で囃されます。これは大坂の初期の楽車(だんじり)と同じパタン。
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薗田稔宮司
今回の旅の目的の第一は秩父神社の薗田稔宮司様へのご挨拶。とても有意義な時間を賜りました。京都大学名誉教授でもあられる薗田先生は、以前より「祭」を「祭儀(リチュアル)」と「祝祭(フェスティビティ)」の二局面に分け(私の述べる「神事」と「神賑行事」)、その両方のバランスが大切としつつ、「祝祭」(神賑)における「聖反」(乱痴気騒ぎ等)も無視できない大切な要素であるとされます。神職の立場でありながらも「氏子側」の眼差しを持ちつつ、「祭」の地域コミュニティにおける役割を学問的に位置付け、それを実践されている方の、淡々と語られる中にもズシリと重い説得力のある言葉の数々を一つ一つ噛みしめました。先日、畏れ多くも拙著『日本の祭と神賑』創元社の書評を賜りました。私の「神賑研究」における羅針盤です。明日は朝から例祭式ですm(_ _)m。ネクタイ締める練習せんとあきません…記事は埼玉新聞。
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12月3日
例大祭
畏れ多くも秩父神社の例大祭に参列させていただく機会を得て玉串を奉らせていただきました。200名ほどの参列があり、晴天無風の中、滞りなく厳かに祭典が執り行なわれました。四名の巫女による清らかな「柞(ははそ)乃舞」も奉納されましたm(_ _)m。
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地芝居(歌舞伎)
張り出し舞台が両端に組み立てられ、屋台が「曳車」から「芸能舞台」へと変形しました!大阪から瀬戸内域に分布する地車(だんじり)にも、仮設で舞台が広げられるものや、設計の段階で舞台を広くするものがあり、「楽車」の文字が充てられることがあります(「楽」は歌舞音曲の意)。大勢で重量物を綱で曳くという行為は、大仏様の開眼会の筆に結ばれた縷(る)のごとく、一同の心を一つにし人々を惹き付けるもので、笛や太鼓の囃子も伴って賑やかに神賑化しますが、各地の祭の曳車の「曳く目的」の核の一つは「舞台装置の移動」であったように思います。
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ユネスコ無形文化財に登録された際の分類名で述べると、曳車には3つのタイプがあります。

曳車
① 鉾(悪霊の類などカミの依る避雷針がルーツ)
② 山(人形などの作り物を披露する)
③ 屋台(移動式芸能舞台)

秩父の屋台囃子は、舞台下の見えない所で囃され、舞台はいつでも芸能ができる状態を保っています。これは初期形態を保つ「地車」も同じ。「曳行」に特化したのが「岸和田型のダンジリ」ですが、大屋根を支える柱を「舞台柱」と呼ぶことは、その名残かもしれませんし、青年団による「芸」は「ニワカ」の傍流と解釈することができます。秩父祭は底なしの魅力!

神幸祭
秩父夜祭…その名が示すように夜が本番。その核となるのが御旅所までの神幸祭。清らかな笛の音の道楽。威儀を整えられた神幸列に提灯を掲げて各町の供物が加わります。圧倒的な数です!先頭の真榊の根元の藁綱には春に迎えた水神の霊が宿り、神輿には秩父神社の御神霊が遷されております。笠鉾と屋台は、この神幸列の後に参ります。それにしても予想以上の人出で移動がタイヘンでした。
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今回の旅のベストショット?暖をとりつ花火を見上げる鉄道員!御旅所のある通称・お花畑の手前の急な傾斜は団子坂と呼ばれ、気合いで笠鉾・屋台を曳き上げます。秩父は荒川の河岸段丘上に営まれた町場のようで所々で急坂に出くわします。団子坂を横切る秩父鉄道の踏切の架線は背の高い笠鉾や屋台を通すために一時的に取り外されます!
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神幸列が御旅所に到着!花火の数々が祭の信仰軸・武甲山方面の夜空に煌めきます。それにしても寒ぶかったです…
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御旅所に笠鉾と屋台が上がって参りました。ポスターの花火は誇張表現ではございませんでした!!神幸祭、笠鉾と屋台を彩る祝砲の花火!和製ロケット?を打ち上げる「龍勢(流星?)祭」も確かこの近辺だったように思います。火薬の産地?だったのでしょうか…それにしても中々ダイナミックな演出で、花火一つ一つに名前と製作者名が読み上げらました。花火の世界も奥が深そうです。
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秩父夜祭は終局を迎えつつあります。二台の笠鉾と四台の屋台が御旅所に向けて据えられました。亀の子石に大きな幣を立て斎場祭が始まりますm(_ _)m。
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12月4日
蚕糸祭(さんしさい)
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4日午前は「蚕糸祭(さんしさい)」。秩父はかつて養蚕で栄え、祭の日には絹市が立ち、秩父夜祭は「お蚕祭」とも呼ばれたそうです。蚕の繭がお供えに上がっていました 。右は野蚕に近い品種でしょうか?若草色に輝いております!秩父神社は「小字・ははその森」にご鎮座とのこと。「柞(ははそ)」は万葉集にもみえるナラ・クヌギなどのドングリの採れる落葉広葉樹を指します。おそらく神社の杜を指すと思いますが、中国の蚕に柞蚕という品種もあるようです。
流鏑馬
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締め括りは御旅所での「流鏑馬」。古い祭は馬が走ります!午後からの神事で、私は途中で電車に飛び乗ることになりそうです。土を盛って仮設の馬場を作るのですね。それにしても、この狭い道幅で十分とはびっくりです!お馬さんはただいま準備運動中。祭には、その地域の生活文化の歴史的な営みが、日常生活の損得勘定を越えた精神的・金銭的な力によって結晶化しています。私は、祭そのものに対する興味よりも、祭を通して「その地域の自然や文化の記憶のようなもの」を知りたいのかもしれません。とても有意義な四日間でした。そろそろ仕事をしないとお正月を迎えられません。篠笛の吹き方も忘れてしまいました…急いで京都へ!

この秋は博物館での祭に関する講演会や大学の講義が続きました。

篠笛と祭は切っても切り離せません。

舞台の篠笛や歌舞伎囃子の世界から篠笛を始めた若い人たちの中には、もしかしたら「篠笛奏者がなぜ祭の話を??」と疑問に感じる方もいらっしゃるかもしれません。

私の場合は、祭の篠笛が入り口でしたので、当初は逆に、歌舞伎囃子の篠笛や、舞台での篠笛演奏会の存在に驚きました。

篠笛との出会いや関わり方は人によって様々かと思いますが、篠笛が最も活き活きと奏される祭の現場は知っておきたいところ。篠笛の音色や奏法は、各地の祭の中で育まれてきました。

篠笛を吹いたり教えたり作ったりする立場に居るためには、篠笛の出自である祭に関する見識を深め、篠笛の歴史の文脈上に自分の篠笛の在り方を見出す必要があると考えています。篠笛奏者になるために試験があるわけではないので、誰でも篠笛奏者になることができるのですが、私は、日々、自問自答の毎日で苦悩しております(笑)。

一口に祭といっても、地域や時代によって様々です。その多様性の中で迷わないために、時代や地域を越えて確かな羅針盤となるのが「神賑(かみにぎわい)」というキーワードです。


2015年には『日本の祭と神賑』創元社を出版し、祭を「神事」と「神賑(かみにぎわい)行事」に分けてとらえる方法を提示しました。この二つの局面を拠り所に祭を見つめ直すと、あたかも二次元の絵が三次元の立体となるように、祭の実像がありありと立ち現れてきます。

書籍の詳細 →http://shinobue.blog.jp/archives/3263983.html


このような祭の基本構造に関する話は、祭をテーマとした講演会だけではなく、篠笛の演奏会でも話をすることが多く、嬉しいことに、予想に反して皆さんに興味を持っていただいております。


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(森田玲『日本の祭と神賑』創元社より)

「神賑(かみにぎわい)行事」を理解するため、以下に概略を述べてみます。

・「祭」には「神事」と「神賑行事」という二つの局面がある。

・我々が普段「祭」と認識し、テレビや雑誌などでよく目にする場面は「神賑行事」の部分である。

・「神事」と「神賑行事」の違いは、人々の意識の方向性によって分けることができる。

・ヒトの意識がカミに向いている場面が「神事」、ヒトの意識が氏子同士あるいは見物人といったヒトに向いている場面が「神賑行事」

・「神事」は厳粛に行なわれることが多く、「神賑行事」は老若男女総出の乱痴気騒ぎになる傾向がある。

・本殿の奥でカミとヒトとの橋渡し役である神職と氏子・崇敬者の代表など限られた者のみが参列して行なわれる「例祭式」は「神事」である。

・カミが神輿など乗って移動する「神幸祭」は「神事」である。

・「神輿」は、時に神賑的な華やかさをともなって舁かれることがあるが、ヒトの意識がカミに向いている場面であるから「神事」に含まれる。

ざっと箇条書きにするとこんな感じです。

これを踏まえて、祭の中の横笛について考えてみます。

例えば、同じ横笛をともなう歌舞音曲でも、
次の図では、社殿に鎮まるカミ様に向かって行なわれているので、神事の歌舞音曲、すなわち「神楽(かぐら)」となります。
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次の図では、アメウズメノミコト(おかめ)に扮して神楽鈴を採った巫女風の人物が舞っているので、神楽っぽい雰囲気ではありますが、見物人などに披露するための芸能ですので、この芸能は「神賑行事」の中の歌舞音曲ということになります。
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そして、篠笛はもっぱら「祭」の中の「神賑行事」の中で育まれてきました。

詳しくは機会を改めますが、日本の横笛の種類と役割の概要は以下の通りです。

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森田玲『日本の音 篠笛事始め』篠笛文化研究社より

最後に少し補足です。

例えば、祭の中で、ある音曲を篠笛で吹く場合に、先ほど述べたように、神社や神輿に鎮まるカミ様に奉る歌舞音曲(神楽)の中で吹かれる場合は「神事の中の篠笛」となり、まったく同じ種類の音曲を奏でる場合であっても、氏子一般や見物人に対する歌舞音曲に伴って吹く場合には「神賑行事の篠笛」ということになります。

そして、ある祭では「神事」で用いられている音曲が、他の祭では「神賑行事」で用いられるということもあり得ます。

少し話が込み入ってきました・・・・

いずれにしましても、自分が演奏している楽器についてよく知ることは素直に楽しいことですし、また、篠笛の音色にも深みが増してくると思います。

これまで祭の篠笛に注目していなかった方は、是非、祭の音風景にも目を向けて(耳を傾けて)みてください!

篠笛「京師-みやこ-」のサンプル音源をアップしました。
お選びいただく際のご参考になれば幸いです。
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日本十二律調音篠笛「京師-みやこ-」

笛師・森田香織
監修・森田玲(玲月流初代篠笛奏者)


・  透明で艶のある音色
・  鼓膜に響く指打ち音
・  自然な指孔の配列で無理のない指運びが可能
・  日本の伝統的な十二律に基づく調音

音源は「七本調子・邦楽調(唄用)」です。
エフェクト処理なしの無添加・天然音です。

→サンプル音源  http://shinobue.blog.jp/shinobue-miyako.mp3

一、月(森田玲 作曲)
二、桜(日本古歌)
三、馬鹿囃子(伊勢大神楽)
四、秋の音(森田玲 作曲)<二重奏>

第一管 森田玲
第二管 森田香織

トラック1から3までは天井の高い町家の通庭で、
トラック4は野外で秋の虫の音とともに録音しております。

篠笛教室の場所のお問い合わせが多いので、以下にまとめてみました。

玲月流の篠笛では、全国の皆さんに篠笛の魅力を伝えたいとの想いで、
京都を拠点に、大阪東京福岡で篠笛教室を開講しています。

京都(三条)は個人稽古、
大阪(梅田・天満橋)、東京(恵比寿)、福岡(博多)はカルチャーセンターでの合同稽古です。

京都からですと少し距離がある教室も多いのですが、月に一度、皆さんとお会いできるのを楽しみにしています(道中は本を読んだり仕事を進めたりしているので、意外とあっという間に到着してしまいます)。

どちらの教室も、真面目に篠笛に取組ながらも、笑いの絶えない明るく楽しい雰囲気でお稽古を行なっています。教室の後の皆さんとのお茶の時間も、楽しみの一つです。

個人稽古は森田香織と森田玲が担当、
カルチャーセンターは私、森田玲が参ります。

体験稽古や見学も可能です。皆さま是非!
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清らかで豊かな音色を楽しみながら、日本古来の旋律に親しみませんか。
1〜2ヶ月で「わらべ歌」「さくら」、
6ヶ月〜10ヶ月で簡単な「祭囃子」を吹けるようになります。
篠笛のお稽古に加えて、四季折々の祭や伝統行事の紹介もいたします。
篠笛は初めて、音楽が苦手、楽譜が読めない、一度チャレンジしたけど断念したという方も心配ございません。
笛を通して、一緒に日本文化の魅力を楽しみましょう!途中入会の方も、基本から丁寧に教えますのでご安心を!
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篠笛教室のご案内→PDF
教室案内



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