NHKにっぽんの芸能「多彩なる笛の世界」実家で録画してもらっていたものを確認。筆舌に尽くしがたい最悪の内容でした・・・(個々には良い演奏もありましたが)。随所にドレミの話が挿入され、雅楽の笛の実演の倍以上の時間、能の笛方の人が口に何本もの笛を加えて謎の曲を演奏するという珍芸・・・これには、呆れるというより笑い転げてしまいました。
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私が最も注目していたのは篠笛がどのように紹介されるか・・・その中で懸念事項が現実のものになりました。放送事故レベルの内容です。

「ドレミの笛」がテロップ入りで「唄用の篠笛」と紹介されています。私は何度も指摘しておりますが、「唄用の篠笛」は現行の「ドレミの笛」の登場以前から存在する、主として近世邦楽のための調律笛、すなわち「日本の音階の篠笛」です。

番組の表記に従えば、「唄用」の篠笛を演奏しまくっている私は「ドレミの笛」を演奏していることになります。もしかしたら、そのような誤解を既にに受けている可能性があります・・・何と恐ろしいことでしょう。

隣に三味線音楽の方も座っていらっしゃたのに、何故、指摘しなかったのでしょう。生放送でないので可能なはず。「唄用」の笛は三味線音楽の中から出てきた仕様の篠笛なのに、悔やまれます。

現在、篠笛はおおよそ以下の三種類に大別することができます。

・古典調の篠笛(雅楽の音階に準じる)
・均等孔の篠笛
・邦楽調(唄用)の篠笛(近世邦楽との親和性が高い)

「ドレミの笛」は、西洋の12平均律を目指して竹に孔をあけたもので、孔の位置もいびつで、指が届きにくく、私は、「ドレミの笛」は篠笛の範疇ではなく、「日本人が作ったなんちゃって西洋楽器」と捉えた方が良いと思っています。

この10年くらでしょうか、「ドレミの笛」の奏者や楽器店などで「ドレミの笛」のことを「唄用」と表記するようになっています。現在、90%以上の方は「ドレミ=唄用」と思っているのではないでしょうか?現に、私の篠笛教室に初めて来られる方で、「唄用=ドレミ」と思っていましたという方が少なくありません。

番組中、「ドレミの笛」と「明笛(清笛)」を吹き比べて紹介する場面がありました。「明笛」の音を吹いて後、「ドレミの笛(番組では唄用の笛と誤表記)」をドレミファソラシド♪と吹いてみて、司会者の方が「(ドレミの音階を聴くと)安心しますね!」という始末・・「にっぽんの芸能」の番組らしからぬ発言です。

ちなみに、ここで吹かれた「明笛(清笛)」は、歌口と指孔との間にもう一つ響孔があいていて、そこに黒竹の内側から採った竹の薄皮を竹紙(ちくし)を舌で湿らせて響孔に貼り付けて演奏します。本来は、「ビィー」という独特の魅力的な音をともなって旋律を奏でることができます。ところが、番組中では、響孔を完全にふさいでおり、まったく「明笛」の音が出ていません。「唐津くんち」の祭囃子を吹いていましたが、私が現地で聞いた祭囃子とはまったく異なる雰囲気に感じました。

これでは、「明笛」は、単に「ドレミの笛」を引き立てるためだけに用いられたことになります。

とにかく、和楽器を紹介する時に、いちいちドレミを出してくるのはいかがなものか?番組中、篠笛に限らず、ドレミ基準で話が進むことに違和感を感じました。これは、日本語をローマ字表記し、そこからまた日本語に直すようなもので、まったく意味が無いばかりか、オリジナルの情報が劣化していしまいます。

ドレミの笛の拡大の温床は、ドレミの笛の奏者、和太鼓グループ、阿波踊り…

ドレミの笛の演奏の是非はさておき、既存の唄用という名称がドレミの笛の奏者によって奪い取られることだけは絶対に避けねばなりません。

はじめて笛を手にする皆さんは判らないのは当然ですので、演奏家、楽器店は責任をもって正しい情報を伝えるべきです。

これは、ドレミの笛、ドレミの曲の是非の問題とは別次元の問題です。一つの楽器名が、それも和楽器の名称が、日本人の手によって、なんちゃって洋楽器の名前にすり替わっていくという、日本文化にとっての問題です。

今の仕事が一段落つきましたら、実践的な行動に移ります・・・