至学館大学公開講座 第6回「日本の祭シンポジウム」とても意義深く楽しい会となりました!

第6回 日本の祭シンポジウム

○第一部 『日本の祭と神賑』
講師 森田 玲氏(玲月流初代篠笛奏者)

○第二部 パネルディスカッション『祭の学生参加』

八木透氏(佛教大学歴史学部教授)/ 鈴木泰輔氏(岐阜県立吉城高校キャリア推進部長)

コーディネーター 石田芳弘(伊達コミュニケーション研究所所長)
主催 学校法人至学館 伊達コミュニケーション研究所/あいち山車まつり日本一協議会
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第一部は私の講演。「日本の祭と神賑~祭を読み解く羅針盤」と題して、「神賑」をキーワードに、祭の過去、現在、未来につてい議論するための基本知識や概念を共有いたしました。
当日の配布資料はこちら→PDF
00表紙

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冒頭で、伊勢大神楽の「馬鹿囃子」と私が作曲した「月に霞」を篠笛で奏楽。

この日は9月15日で八幡さんの縁日でしたので、放生会(ほうじょうえ)の話を枕に講演をスタート!
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簡単に私の自己紹介。4才の私です(左)

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私は「大町」(岸和田市久米田)<夜疑神社氏子>の祭、地車(だんじり)で育ちました。岸和田の北町(岸城神社氏子)で明治期に新調されたものです(現在は奈良県の大和高田)。「大町」は母の実家。私は隣町の忠岡に生まれましたが、母のアイデンティティは「大町」。そのため、住まい、学校など属する共同体は「忠岡」で、祭は「大町」というややこしい環境で育つことになり、ここに、私の苦悩の人生が始まりました。
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01だんじり

「大町」のメインの彫刻は天岩戸開き。アメノウズメノミコトの神楽で笛を吹いています。
幼少期にこの彫者との出会ったことが私が笛吹きになる遠因となります。
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私が笛屋を始めるきっかけとなった、岸和田型地車文化圏における極細の篠笛について少々・・・
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04極細管


以上が枕。ここからが本論。

05カミとマツリ

日本人にとってカミとは何か?祭の基本構造をお話しました。
06祭の三部構成
日本の祭は、大切な客人を迎えるかたちと同じ。
カミ迎え・カミ祀り・カミ送りの三部構成が基本。
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産土神社のカミ以外でも祭の三部構成がみられます。
08神事と神賑行事
祭は「神事」と「神賑行事」の二つの局面から成り立っています。
これが今回、一番お伝えしたかったこと。
09祭の基本構造

祭の「三部構成」と「二局面」を合わせると、このような図になります。次に、カミ様の動きに注目して神事の重要性と大切さをお話しました。
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カミの道行(神幸祭)は、
ミアレ型・ミソギ型・オイデ型の三種類に大別することができます。
11神輿
多くの神幸祭で用いられる神輿。神輿の種類と来歴の概要をお話しました。

次に、共同体における祭の機能・役割について。

薗田稔先生の図に私の考えを加えて例示しました(夏に、この図に間違いないか秩父神社に参って確認しました)。
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そして、第二部のパネルディスカッションにつなげるべく、担い手の属性に注目しつつ、祭を
「氏地活力更新型」「祭文化継承型」の二つに大別し、未来の祭の在り方を議論するための素材を提供しました。
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13氏地活力更新方法
14担い手変遷
こちらの図の詳細についてはこちらをご覧ください→PDF

そして、最後は、本の宣伝(笑)


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少し駆け足でしたが、会場の皆さんの反応も良く、まずまずの出来だったかと思います。

休憩を挟んで・・・


第二部は、石田芳弘(至学館大学・伊達コミュニティーセンター所長)氏、八木透氏(佛教大学教授)、鈴木泰輔氏(岐阜県立吉城高校キャリア推進部長)によるパネルディスカッション

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私が第一部で述べた「神事と神賑行事」「氏地(+有縁地)」「隣接地」「無縁地」といった祭のモデル引用しながら議論いただくことができました。

石田氏は、これまでも含め、六回のシンポジウムを取りまとめてきた手腕を発揮し見事な進行をなされていました。八木先生は、祇園祭の綾傘鉾における佛教大学の学生参加(単位あり)の事例を紹介。卒業後も祭との繋がりを保ちたい人たちが「青年会」を結成し、「準氏子的」な立場で祭を支えているようです。私の述べる「無縁地」の人々をいかにして、「隣接地」、あるいは「氏地」の人々に近付けるかという試みを実践されています。

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八木先生のご著書は幾つも拝見していましたので、今回は意見交換ができて良かったです(近日中に京都でお会いすることになりました)。

鈴木先生は、高校生の飛騨古川祭への参加について。

現行の学校での進路指導は、やればやるほど地優秀な人材を地元から県外に放出してしまっているのではないか?そんな疑問から、高校が地元に目を向けるきっかけとして意義のある取り組みだとの発言があったと思います。高校生の発言もございました。その中で印象的だったのが、友人の一人が県外の大学へ進学予定だったのが、高校で初めて知った祭の喜び、この祭と関わっていきたいとの想いで、近くの大学に進路を変更したとのこと。とても素晴らしい事例でした。


こちらの祭に限らないのですが、子供は(幼児期からなら間違いなく)祭の魅力に憑り付かれますが、それでいて地元に仕事がなければ大問題です。子供たちが地元で幸せな生活を営むことができる地盤を築く、これは大人の責任だと痛感しました。
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そして、ここまでの議論では「無縁地」からの祭の参加者が、果たして持続的に「氏子」的な役割を果し得るのかどうか・・・という話の展開でしたが、もしそれが無理な場合であったとしても意義があるという、谷岡郁子(至学館大学学長)氏の発言が印象的でした。


たとえ一時的な祭との関りとなって他の地域に住むことになっても、祭に対する理解や想いが培われていたならば、新たな土地で本人が、あるいは子供が祭に参加する確率が非常に高くなるのではないか、今日、祭と無縁の人が増える中、祭に対する理解者を増やすという意味では、「学生参加」「ボランティア」という形であっても、祭に参加する機会があることは、広く日本全体にとって意義のあることではないか、という旨の発言だったかと思います。
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今回の講演は、秩父神社の宮司・京都大学名誉教授の薗田稔先生が、昨年のシンポジウムで私と私の書いた『日本の祭と神賑』を紹介してくださったことにより登壇の運びとなりました。薗田先生のよる書評は→こちら

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私個人としても予想以上の収穫があり、また、地域や日本の祭文化に還元できる充実した内容を含んだシンポジウムになったかと思います。


後日、文字に起こした報告書が発行されるはずですので、そのタイミングでまた詳細をお伝えできればと存じます。


今までの私の講演の中でもクリティカル・ヒットな一日でした。


ご来場の皆様、関係者の皆様、ありがとうございました。


講演後は懇親会。その後、新幹線に飛び乗って、何とか岸和田に到着。

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岸和田駅前にて桜と香織さんと合流することができました!