10月21日は城東区(大阪市)の秋祭へ!いつもお世話になっている今福北之町へ!
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浜口会長の驚愕の大太鼓!それに追随する小太鼓と鉦二丁(反対側の鉦がまったく同じ手を打ちます!)の打ち手も凄まじいレベルです!


地車は江戸期には「楽車(車楽)」と記されることがあります。「楽=歌舞音曲」、すなわち、地車は「移動式芸能舞台」でした。現在でも地車の舞台で様々な芸能を行う地域が各地に存在します(河内のニワカなど)。龍踊りもその系譜に連なる芸能です。

地車の形態のルーツは江戸期の豪華絢爛客船であった「川御座船(かわござぶね)」。各地の地車には、地車と和船との繋がりを示す有形無形の痕跡がございます!

詳しくは森田玲『日本の祭と神賑(かみにぎわい)』創元社をご覧くださいm(_ _)m

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地車(だんじり)の前では龍踊り(龍が天に昇る様子を表現)!


動画の3分30秒から掛声をともなってドンドンドン・ドンドコドンドンドンと打たれる太鼓は「橋の太鼓」とほぼ同じ手。江戸期は木造の橋を傷めないように、地車の四方に巡らされた担棒で地車を舁き上げて橋を渡りました。ヨイヨイヨイ・ヨイトマカセと唱和されていましたと考えられます(土搗きのヨイトマケに関連)。

この担棒をチョウサイ棒と呼ぶ地域があります。チョウサは神輿をはじめ重量物を舁き上げる時の掛声。ここからも担棒の本来の役割が感じられます。海老江八坂神社の地車が宮入の後、境内で地車を完全に地面から舁き上げる時も「橋の太鼓」。

因みに岸和田の五軒屋町と北町の「しまい太鼓」に「橋の太鼓」の旋律が伝わっています。


いつか、地車のルーツ(和船文化)と関連させながら、各地に伝播した様々な形態の地車を紹介しその魅力を再確認できるようなシンポジウムを企画したいと思います^_^