8月1日は一夜官女祭で有名な野里住吉神社(大阪市西淀川区)の夏祭に参りました^_^ 小屋根下が幕式の古いタイプの地車がございました。
67482507_2325732294185835_5679754495572049920_n

中々おしゃれな彫刻を発見!地車(だんじり)の下部(台木、胴掛幕、水板など)には波の意匠が施されることが多いです。これは地車のモデルが川御座船だったことに拠ります。こちらの中神車は何と浦島太郎。さながら潜水艇です^_^ 神車という表現の由来はよくわかりませんが、神社の石碑には昭和三十年くらいの時点で神車となっていました。ダンジリ→地車→ジグルマ→ジングルマ→神車でしょうか?伊勢大神楽では獅子狂舞→神来舞(シグルマ)→神車舞(ジングルマイ)という転訛のパタンがございました^_^
67666294_2325755600850171_8306884758156083200_o

この後、尼崎に参って、夜には再び野里に。
境内では「はりげん」の地車囃子と踊りが披露されておりました!蒲生・今福の囃子と踊りとは少し趣きが異なります。大太鼓の縁打ちの入れ方の自由度が高く、踊りは龍踊りよりも歯切れ良く感じました。中々良い感じの地車囃子で、しばし聴き入ってしまいました^_^

67937172_2326127877479610_5011255338599448576_o

野里住吉神社(大阪市西淀川区)の夏祭。地車(だんじり)が向かい合っての「追い合い」。女の子の「おーたおーた!」の元気な掛声が響きます^_^ 「おーたおーた(追うた追うた)」は地車に一般的かつ歴史上重要な掛声で、元々は天神祭で何十台も地車が出ていたような時代に、前方の地車を追って囃した掛声だと推測しております。泉州では「ケツをかく」とも言います^_^ 岸和田の地車で曳手の横を走って団扇で曳手を鼓舞する「追い役」は、前の地車に追い付かせるための役の意味か…と十数年前に貝塚の南川さんがおっしゃっていました^_^ 二台の車で目的地まで行く時、先行の車に着かず離れずで参ることを「おーおーたで行こう!」とひと昔前は言ったそうです…


野里住吉神社(大阪市西淀川区)の夏祭。宮入一番の太鼓台です。こちらの打手(願人- がんじ)は「後付(尻取り歌)」を歌いながら太鼓を打っていました^_^ 布団太鼓で舁手が尻取歌を唱和することは一般的で、管見の限りで古い記録では、幕末の『皇都午睡』に難波博労稲荷(現・難波神社)の布団太鼓(布団神輿と記される)に触れ「近江に石山の秋の月、月に叢雲花に風〜云々」とございます。枠式太鼓台で打手が歌うのは初めての見聞でした^_^
67715980_2326175890808142_1313929804080218112_o
色々と勉強になりました!