篠笛草子 〜 ほのかに聞こゆるもいとをかし 〜

日本に古くから伝わる竹の横笛「篠笛(しのぶえ)」の随筆。篠笛奏者で篠笛文化研究社代表の森田玲が綴ります。
Essey about "Shinobue" transverse bamboo flute in Japan,by Shinobue player Akira Morita.

(株)篠笛文化研究社が運営するブログです。

カテゴリ: 「篠笛」の歴史・文化

10月22日は時代祭。良いお天気でした!

桓武天皇と孝明天皇の御霊の神幸列(平安神宮→京都御所→平安神宮)を構成する時代行列の見物に多くの見物人、立錐の余地もございません!
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産土神社の枠組を越えて旧・小学校区を単位とする平安講社の方々のご奉仕。明治時代から江戸、安土桃山へと時代をさかのぼります!古墳時代、弥生時代、縄文時代はございません^_^
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山国隊??維新勤皇隊ではなく?これは篠笛ネタ的に、めちゃくちゃラッキーな場面に遭遇したかもです! 山国隊(京北町)の時代祭への参加は100年ぶりくらいかと思います!維新マーチ(軍楽)/篠笛/スネアドラム/バスドラム
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仮装行列は明治時代から平安時代へとさかのぼります。幕末から明治にかけて官軍や雄藩が備えた軍楽隊を模した維新勤皇隊は平安講社第八の皆さんがご奉仕。列次の先頭を務めます。

日本の洋楽事始めは幕末から明治にかけての軍楽でした。

以下、耳学問…

時代祭の維新勤皇隊は、当初は山国隊(現・京北町)が担当。こちらは仮装ではなく、実際に戊辰戦争に従軍した皆さんでした。

西洋式の兵器を扱うための基礎訓練の基礎の基礎がマーチング。学校の体育大会もその系譜にあると思います。

太鼓はスネアドラムとバスドラムで、ドラムスティックを洋式で用います。旋律楽器は本朝の伝統楽器である篠笛。旋律のルーツはわかりませんが、おそらく洋楽ベースかと思います(←ちゃんと調べてません)。

山国地域は平安京築造以来、禁裏御料として木材などを提供しており、その誇りもあってでしょう、村を挙げて幕末に官軍への参加を決めました。

鳥取藩の下で従軍し、その間に軍楽を習得、東京→京都、京都→山国に凱旋する際、軍楽を奏しました。

徴兵制が確立されて後、村単位での従軍はなくなりましたが、軍楽は受け継がれ、村の慰霊祭や秋祭の祭囃子として、現在まで脈々と受け継がれてきました。

今年は明治維新150年ということで、時代祭の神幸に先立ち、神前での神楽として山国隊の奏楽が行なわれました。
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平安講社第八の皆さんによる維新勤皇隊列!
モノだけではなく、コトが継承されることによって、歴史に躍動感と説得力が出ます。祭は、それが、喜びや楽しみをもって行なわれる貴重な機会です^_^

10月18日は、石川県の浅野太鼓の参りました。浅野太鼓400周年記念での篠笛の演奏、僕の文化庁芸術祭の受賞記念祝賀会にお越しいただいて以来です。本日は、篠笛の歴史や種類についてお話させていただく機会を得ました。こちらも色々と勉強になりました!皆さん変わらずお元気でした^_^
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専務さんと
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浅野太鼓400周年記念にお贈りさせていただいた彫刻です。
応接間に飾っていただいております^_^

下絵・彫刻:河合申仁(彫師)
原案:森田玲(篠笛奏者)



夜は専務さま、たいころじい編集長の小野さまと会食。松任泊。

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霊峰・白山の夜明け…

翌日は朝から白山を御神体山(奥宮)と仰ぐ白山信仰の本山・白山比咩(しらやまひめ)神社へお参りいたしました。手取川扇状地の頂点に御鎮座。
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金沢に移動!金沢城・兼六園に参りました。飽きることなく一日中、散歩できそうな庭苑でした^_^
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雨が降って参りましたので、そろそろ京都に戻ります。金沢に城下町祭礼はございますでしょうか?神社は至る所にございましたが、藩祖や偉人をお祀りしたもので、駆け足だったこともあって、町民の産土神社がわかりませんでした。お寺も多かったです。写真は藩祖・前田利家公をお祀りした尾山神社。和洋漢を組み合わせた神門だそうです^_^
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充実した二日間でした^_^ 今日は兼六園にて人生で初めて赤トンボを見ました!初めてなので赤トンボかどうかわかりませんが、ホンマに真っ赤っかだったので、多分、赤トンボです。僕の愛用の篠笛は「京師(みやこ)」と「蜻蛉(あきつ)」。アキツはトンボの古名で、秋津島(日本)に通じます。

この10年で「唄用の篠笛」=「ドレミの笛」という間違った認識が日本全国に広まってしまいましたT_T

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PDF→ こちら

正しくは

・「唄用(邦楽調)」は「日本の音階」
・「ドレミ」は「洋楽調(12平均律)」

先日はNHKの日本芸能番組でも「ドレミの笛」が「唄用の篠笛」としてテロップ入りで紹介されていましたし、全国の楽器店、太鼓店での表記も、「唄用」=「ドレミ」という認識です。

僕は「古典調」と「唄用(邦楽調)」の篠笛を吹きます。最近は「唄用」を吹いていると言うと「ドレミの笛」を吹いていると誤解されていることが少なくないことに気づきました…()

99%、この流れに抵抗の余地はなさそうですが、相手が欧米人ではなく同じ日本人というところが悲しすぎます。

明治維新150年。思い起こせば、当時、学校教育に西洋音楽を採り入れたのは、外国からの圧力ではなく、文明と文化の扱い方を取り違えてしまった日本人自身でした。

一応、僕が死ぬまでは抵抗しますが、敵方100万騎に対して我方わずかに5騎といった状況です。

これは篠笛で洋楽、現代曲を吹くことの是非とは別の問題で、楽器の名称が不当に入れ替わるという悲劇、日本の歴史文化における損失の問題です。

「洋楽調(ドレミ笛)」の愛好家の皆さんにも是非とも知っておいて欲しい内容ですm(_ _)m

祭と学校教育の現場に「洋楽調(ドレミ笛)」が入いらないようにもしなければなりません。

画像は、篠笛7孔の篠笛の分類表です。簡潔に説明するため詳細は略しています。

10月15日は、四年ぶりに松原八幡神社の秋祭(灘のけんか祭)に参りました〈八幡社ですので旧暦時は八月十五日が式日だった可能性がございます〉。三基の神輿(八幡神)!露払の獅子ダンジリ!屋台(やっさ)〈太鼓台〉!
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御旅山の練場。神輿の神幸に先立って獅子ダンジリが参りました。早朝には、こちらの舞場で清祓の獅子が舞われております。神輿の激しい動きの影響を受けてでしょう、獅子ダンジリの動きの激しさも極まっております^_^



御旅山の練場。段々畑を利用した圧巻の桟敷!!管見では日本一です!
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松原八幡神社の秋祭(灘のけんか祭)。岸和田の河合さんとレジェンドF氏にお世話になって桟敷席での祭の見聞の機会を得ておりますm(_ _)m 神輿三基の練り合わせ!御霊系の祭ではないのですが、神輿をボコボコになぎ倒します∑(゚Д゚) その意味を神功皇后の神話…安曇野磯(あずみのいそら)に求める記述を昔どこかで読んだことがございますが…またじっくりと考えてみます。
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最後は屋台(やっさ)の練り込み。屋台は一見、神輿に見えますが、カミ様が乗る神輿ではなく、ヒトが乗る太鼓台の一種。天神祭などで発達した枠式太鼓台の神賑(かみにぎわい)化が進むと、様々な形態の屋根が付きます。茵(しとね)のようなものを数段重ねた緋色の布団太鼓がよく知られていますが、こちらでは鳳輦型神輿と同じ屋根を乗せます。内部には太鼓が吊るされており投頭巾を被った敲手4名が乗り込みます。太鼓台のルーツは神輿の到来を告げる触太鼓。本来は神社に一台。これが氏地に複数台が存在するようになると神賑一般の練物となります^_^



各村には屋台(やっさ)〈太鼓台〉とともに、獅子舞、そして、その囃子など道具一式を運ぶ曳車から発達したと思われる獅子ダンジリがあります(ありました)。
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獅子はその神威で清祓の役を担います。播州は全身が毛に覆われた毛獅子が多いように感じます。今回も毛獅子が出ていました。脱毛された舞衣を見慣れた人にとっては異様に感じるかもしれませんが、大陸から伝来した時は毛獅子でした。正倉院にある伎楽の獅子頭にも植毛痕あり(今回見物した松原の獅子は毛獅子ではございませんでした)。
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笛を拝見!六孔で黒の漆塗、細工の美しい飾金具が施された篠笛。これは、当地の屋台に求める美意識と指向性が同じです。5名くらいで吹かれていましたが、時に複数人で吹いていることがわからないくらいに音程と音色が重なっていましたので、同時期に新調されたものかもしれません。

芸態の一部に伊勢大神楽の影響を感じますが、笛の旋律はまったく異なります。

良い笛の音を聞くことができました^_^

充実した祭見聞となりました。




「唐津くんち」の見聞の際にお世話になった吉冨寛さまからお知らせいただきました「唐津くんち」の囃子の奉納です。

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唐津くんちの「笛」は「篠笛」ではなく「明笛(清笛)」。独特の「ビィ-」という振動音が魅力的です。これは、歌口(吹口)と指孔との間にある「響孔」に貼られた「竹紙」(竹の薄皮)が震えることによって生まれる独特の音色。

祭囃子に明笛(清笛)を使うところは意外と多く、最近では、竹紙を貼る技術が伝承されずセロテープを貼って「篠笛的」に用いているところも少なくありません。各地の囃子の旋律には明清楽の残響があるかもしれません。

明清楽は幕末から明治中期まで流行りまくりましたが、日清戦争の勃発にともなって急速に廃れました。耳学問ですが「法会節」や「看看踊」は清楽の「九連環」がルーツだそうです。

11月18日(日)の京都芸術センターでの講座「篠笛を知る」(http://www.kac.or.jp/events/24363/)でも少しご紹介できればと思っております。

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