篠笛草子 〜 ほのかに聞こゆるもいとをかし 〜

日本に古くから伝わる竹の横笛「篠笛(しのぶえ)」の随筆。篠笛奏者で篠笛文化研究社代表の森田玲が綴ります。
Essey about "Shinobue" transverse bamboo flute in Japan,by Shinobue player Akira Morita.

(株)篠笛文化研究社が運営するブログです。

カテゴリ: 日本の祭(神事と神賑行事)と文化

地車と太鼓台を含めた「ダンジリ・祭・シンポジウム」実現しませんか?

大阪万博2025の開催が決定しました。その是非について議論は色々あると思いますが、開催は決定ですので、それをいかに良い形に持って行くかに思考をシフトさせねばなりません。

オリンピックや万博といった大きな催しでは、祭の芸能が披露されることが少なくありません。

大阪を代表する祭文化といえば、地車(だんじり)と太鼓台。おそらく、今回の大阪万博決定の瞬間に、地車や太鼓台を集結させてドンと花火を打ち上げよう!と考えた、祭関係者、政治家の方々がいるかと思います。

僕は、実際の祭以外のイベントで、祭の芸能がポンポンと披露されることに対して、いかがなものかと思うこともある反面、このような機会にあっては、地域の祭文化を国内外にPRする絶好のチャンスですし、それが地域のアイデンティの強化につながり、大きな喜びとなるならば、それはぞれで良いのではと思っています。

どうせ地車(だんじり)を出すなら(どこに集結するかはさておき、おそらく実現してしまうような気がします)、単に集まって騒ぐのではなく、その前後でシンポジウムなども催して、地車や太鼓台、あるいは祭が担う社会的な意義を確認し、また、地車や太鼓台のルーツと水都・大阪を強く結び付けることができないかと思っています。

地車は、江戸時代、西国大名や幕府が所有していた豪華絢爛の川御座船がルーツ。参勤交代や朝鮮通信使、琉球使節の大阪〜伏見・淀間の淀川における送迎に用いられました。川御座船から船胴部分を取り除けば地車となります。大坂の天神祭が発祥で、その後、瀬戸内を中心に各地に伝播し、遠くは大分の中津まで伝播しております。

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今では失われた和船文化が祭の中に息づいております。国際色豊かな来歴も見逃せません。なにわの海の時空間の浪華丸とも絡ませることができるのではないでしょうか?

また太鼓台は、神輿の先導、祭の始まりを知らせる触れ太鼓がルーツで、天神祭や生玉祭の枠式太鼓台を嚆矢として、各地に伝播、様々な屋根の形式が生まれました。遠くは長崎の諏訪神社の祭、長崎くんち、にまで伝播しています。

地車のルーツが川御座船であること、そして、太鼓台のルーツが神輿を先導する触れ太鼓であることは、拙著『日本の祭と神賑』創元社の中で、文献と現在の地車に残る有形無形の痕跡によって証明しております。

地車の始まりは大阪城築城時の石垣を運ぶ修羅で、地車囃子はその時の囃子が起源、とった間違いや、岸和田祭の始まりは五穀豊穣の稲荷祭といった間違い、これれは昭和40年代に広がった巷説です。このような誤った情報がこれ以上拡散しないことを願いつつ・・・

以下補足

地車のモノとしてのルーツは川御座船ですが、コトとしての役割は、その舞台上で様々な芸能を披露すること。江戸時代に楽車と記されることもありましたが。楽=歌舞音曲。河内ニワカや龍踊り等。

太鼓台(ふとん太鼓)をダンジリと呼ぶ地域があります。これは、ダンジリの語原が稚児舞にあることから理解することができます。太鼓台の多くは無邪気な子供たちが乗り込みます。祇園祭では「だんじり舞」がなされておりました。

地車と太鼓台を含めた「ダンジリ・祭・シンポジウム」実現しませんか?

<追記>
大阪万博2025誘致PR動画を見ました。 何やねん!この祇園祭の曳鉾もどきの謎の曳車は!何でBGMが津軽三味線やねんΣ(゚д゚lll)行政はド・大阪の文化ではPR力が弱い、と考えているのでしょう。いや、逆に大阪色を薄めたいという風に感じられます。各方面に対して失礼きわまりない内容。こんなことでは、予算云々以前にそっぽを向く人たちが出てきてしまいます。このままでは、間違った大阪の文化が広まること必至!万博までに「ダンジリ・祭・シンポジウム」を重ねないといけません。
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11月24日の夜はレンタカーで山国郷へ!耳学問ですが…平安京の大内裏の造営の木材、大嘗祭の悠紀殿・主基殿の御用材の供給地だったかと思います。桂川を通して京都と深く繋がっております^_^
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小学校の体育館で、山国隊の皆さんの練習を見学させていただきました!小学生と中学生の男の子が中心の山国隊。今年が初舞台の子供たちも多かったようですが、しっかりと格好良く演奏されていました^_^

山国郷の皆さんは官軍として戊辰戦争に参加、その際に習得した西洋式の軍楽マーチが地域のアイデンティティとして現在まで受け継がれており、慰霊祭と秋祭で、賑やかな「戊辰行進曲」と「礼式」と呼ばれる厳かな音曲が演奏されます。

平安神宮の時代祭の維新勤皇隊も山国隊がルーツです。

日本の洋楽事始めは軍楽。明治維新150年の今年は、山国隊は地元の祭以外で引っ張りだこ!明日は二条城界隈でマーチングがございます。

写真は篠笛とスネアドラム、バスドラムという珍しいショットです^_^
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山国神社にもお参りいたしましたm(_ _)m お月様が綺麗でした。

11月24日の午前中は、社叢学会の関西定例研究会のため伏見稲荷大社へ参りました。櫻井治男先生の講演(社叢学会理事・皇學館大学大学院教授)。テーマは「明治末期の神社合祀と神社境内の整備~地域住民は合祀をどのように受け止めてきたか~ 」。
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櫻井先生は先日、南方熊楠賞を受賞されております。
http://www.minakata.org/kumagusuminakataprize/28thwinner/

祭の神事や神賑の変遷を考える上で、何より、神社や祭の持つ社会的な役割を考える上で、明治期の神社合祀のインパクトの把握はとても大切です。

僕自身、功罪含めた幾つかの事例を知っていますが、今なお、合祀後の神社跡が重要な意味を持っていることや、合祀前の村単位での芸能が息づく意味を確認することができました。ちょっとバタバタの日々が続いておりますが、参って良かったです。

11月23日は新嘗祭(にいなめのまつり)でした。宮中では天皇陛下が新穀を天神地祇に奉り自らも食す祭が営まれます。収穫感謝祭です。この時季、京都を中心に社寺で(かつては民間でも)御火焚(おひたき)が行なわれ初冬の風物詩になっております。

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そのルーツが判らないでいたのですが、先日、佛教大学の八木透先生と会食した時に、宮中の新嘗祭の神事で行なわれていたカミ迎えの庭燎(にわび)ではないかとのご教授を賜りました。文献の上からも、私の知識(乏しいですが・・・)の消去法からも、納得です。詳しくは八木透『京のまつりと祈り』昭和堂をご覧ください。

画像は佛教大学所蔵の「十二月あそひ」
https://bird.bukkyo-u.ac.jp/collections/…

近世の風俗を描いたもので、十一月(旧暦)の項目に、町家の前に小さな神輿を据え、様々な供物を奉って、老若男女が楽しむ様子が描かれています。

そこに「うちより民の家々まて、庭火をたきて神をいさむ事もゆへなきにハあらず」とございます。「うち」は「宮中」を指すと思われます。

こちらに描かれた小さな神輿は産土のカミを乗せるものではなく、もう少し抽象化された感謝する対象としてのカミを迎えるための祭壇だと思います。

以下、宮中祭祀は実際に見聞したものではないので耳学問ですが・・・

宮中の新嘗祭の前日には日本神話の天岩戸開きの場面を彷彿とさせるような鎮魂祭(たまふりのまつり)が営まれます。御火焚の火のルーツはこの鎮魂祭の庭燎がもしれません。

日本の祭にける「火」の役割は、多くの場合は「カミ迎え」か「カミ送り」(希に火を奉ることもあるかとは思います)。祭を彩る提灯もルーツは庭燎。

宮中の祭事と民間の祭事はお互いに影響を及ぼし合っています。宮中の新嘗祭も、それ以前に、民間における収穫感謝祭が前提になっているはずです。御火焚は、それが、また違ったカタチで民間に戻ってきた興味深い事例です。

因みに鎮魂祭、新嘗祭、の次の日には豊明節会(とよあかりのせちえ)がございます。これは公儀の宴会で、ハレの精神状態から日常の精神状態(ケ)へと戻るための解斎の儀式です。

女竹の選定の後、昨年の引き続き九十九里浜は釣ヶ崎にて石笛(いわぶえ)を探して磯乞食。数ミリから1センチ弱の孔あいた石のかけらを見つけます。
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これをうまい具合に口に当てて吹くとピーという高い音が鳴るのです。息遣いを変えると、篠笛と同じように音色の調整や若干の音階を奏でることができます。今年も見つかりました!良い音です。弥生、縄文、それ以前まで遡れる音風景かもしれません。天石笛!

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石笛をゲットした九十九里浜の釣ヶ崎には上総国一宮・玉前神社の御旅所がございます。太平洋岸に多い神輿などの浜降り。海の彼方からやってきて浜辺に寄り付いた様々なモノがカミとして祀られます。浜降り祭は、そのカミ迎えの再現です。鳥居の上に昇る月、その月明かりが海に映え、さながらカミの道行きでした^_^

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