篠笛草子 〜 ほのかに聞こゆるもいとをかし 〜

日本に古くから伝わる竹の横笛「篠笛(しのぶえ)」の随筆。篠笛奏者で篠笛文化研究社代表の森田玲が綴ります。
Essey about "Shinobue" transverse bamboo flute in Japan,by Shinobue player Akira Morita.

(株)篠笛文化研究社が運営するブログです。

カテゴリ: 日本の祭(神事と神賑行事)と文化

11月24日の午前中は、社叢学会の関西定例研究会のため伏見稲荷大社へ参りました。櫻井治男先生の講演(社叢学会理事・皇學館大学大学院教授)。テーマは「明治末期の神社合祀と神社境内の整備~地域住民は合祀をどのように受け止めてきたか~ 」。
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櫻井先生は先日、南方熊楠賞を受賞されております。
http://www.minakata.org/kumagusuminakataprize/28thwinner/

祭の神事や神賑の変遷を考える上で、何より、神社や祭の持つ社会的な役割を考える上で、明治期の神社合祀のインパクトの把握はとても大切です。

僕自身、功罪含めた幾つかの事例を知っていますが、今なお、合祀後の神社跡が重要な意味を持っていることや、合祀前の村単位での芸能が息づく意味を確認することができました。ちょっとバタバタの日々が続いておりますが、参って良かったです。

11月23日は新嘗祭(にいなめのまつり)でした。宮中では天皇陛下が新穀を天神地祇に奉り自らも食す祭が営まれます。収穫感謝祭です。この時季、京都を中心に社寺で(かつては民間でも)御火焚(おひたき)が行なわれ初冬の風物詩になっております。

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そのルーツが判らないでいたのですが、先日、佛教大学の八木透先生と会食した時に、宮中の新嘗祭の神事で行なわれていたカミ迎えの庭燎(にわび)ではないかとのご教授を賜りました。文献の上からも、私の知識(乏しいですが・・・)の消去法からも、納得です。詳しくは八木透『京のまつりと祈り』昭和堂をご覧ください。

画像は佛教大学所蔵の「十二月あそひ」
https://bird.bukkyo-u.ac.jp/collections/…

近世の風俗を描いたもので、十一月(旧暦)の項目に、町家の前に小さな神輿を据え、様々な供物を奉って、老若男女が楽しむ様子が描かれています。

そこに「うちより民の家々まて、庭火をたきて神をいさむ事もゆへなきにハあらず」とございます。「うち」は「宮中」を指すと思われます。

こちらに描かれた小さな神輿は産土のカミを乗せるものではなく、もう少し抽象化された感謝する対象としてのカミを迎えるための祭壇だと思います。

以下、宮中祭祀は実際に見聞したものではないので耳学問ですが・・・

宮中の新嘗祭の前日には日本神話の天岩戸開きの場面を彷彿とさせるような鎮魂祭(たまふりのまつり)が営まれます。御火焚の火のルーツはこの鎮魂祭の庭燎がもしれません。

日本の祭にける「火」の役割は、多くの場合は「カミ迎え」か「カミ送り」(希に火を奉ることもあるかとは思います)。祭を彩る提灯もルーツは庭燎。

宮中の祭事と民間の祭事はお互いに影響を及ぼし合っています。宮中の新嘗祭も、それ以前に、民間における収穫感謝祭が前提になっているはずです。御火焚は、それが、また違ったカタチで民間に戻ってきた興味深い事例です。

因みに鎮魂祭、新嘗祭、の次の日には豊明節会(とよあかりのせちえ)がございます。これは公儀の宴会で、ハレの精神状態から日常の精神状態(ケ)へと戻るための解斎の儀式です。

女竹の選定の後、昨年の引き続き九十九里浜は釣ヶ崎にて石笛(いわぶえ)を探して磯乞食。数ミリから1センチ弱の孔あいた石のかけらを見つけます。
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これをうまい具合に口に当てて吹くとピーという高い音が鳴るのです。息遣いを変えると、篠笛と同じように音色の調整や若干の音階を奏でることができます。今年も見つかりました!良い音です。弥生、縄文、それ以前まで遡れる音風景かもしれません。天石笛!

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石笛をゲットした九十九里浜の釣ヶ崎には上総国一宮・玉前神社の御旅所がございます。太平洋岸に多い神輿などの浜降り。海の彼方からやってきて浜辺に寄り付いた様々なモノがカミとして祀られます。浜降り祭は、そのカミ迎えの再現です。鳥居の上に昇る月、その月明かりが海に映え、さながらカミの道行きでした^_^

昨年に引き続き今年もこの時季(11月2日)に、福沢諭吉先生ゆかりの中津(大分県)に参りました。中津祇園(七月に大坂のダンジリの系譜に連なる祇園車を曳く)のお二人と楽しい祭談義!神事と神賑は車の両輪!未来の祭を見据えて…とても深い話ができました!
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祭を神事と神賑(かみにぎわい)行事とにわけて捉えると、二次元の絵が三次元の立体になるかのごとく、祭の本質が鮮明に立ち上がって参ります。


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・「神事」〜 ヒトの意識が主としてカミに向いている場面

・「神賑行事」〜 カミの存在を前提としながらも、ヒトの意識が主としてヒト同士(氏子・崇敬者同士や見物人)に向いている場面

と定義します。

もちろん「神事」とも「神賑行事」とも判断しにくい場面もありますが、第一義的に、この基準で考えることは、多くの場合、有効に働きます。

今晩は「神事」と「神賑」をキーワードに、大坂から九州に伝播した「ダンジリ」、そして「共同体にとって祭とは何か?」をテーマに祭談義の予定です!

図は拙著『日本の祭と神賑』創元社の図に、先日行われた「日本の祭シンポジウム」のためにイベントの項目を書き加えたものです。その他の図表は以下のアドレスからダウンロードいただけます。よろしければご参考に^_^

→ http://shinobue.blog.jp/nippon-matsuri-symposium.pdf

祭は「神事」と「神賑行事」のバランスの上に成り立っています。祭の構造の〈核〉には「神事」があり、「神事」なくして祭の成立はあり得ませんが、「祭の〈核心〉は喜び楽しみを共有するための神賑(かみにぎわい)行事にある」との考えが固まってまいりました。

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